実家と自宅

 昔は実家、静岡に行くことを”帰る”と称し
今の住まい、自宅へ戻ることは”行く”としていた。
いつの頃からかその立場は逆転し
静岡に行って東京へ帰るという気持ちになっていった。


 一つは実家に自分の痕跡が減っていったということ。
出て行った者の場所などは
残った者の場所へと変わるのは必然。
自分の使っていたあの部屋は
自分の使っていたあの机はタンスは
全て、そう、自分のモノでは無くなっていく。


変わりに今の生活の場に自宅に
自分を感じさせるモノが増えていく。
接触の回数の多さが
親密さを増すことになるように
自分の過ごす時間の長さが
実家と自宅の間から徐々に接点の多い側
自宅へとその思いを含め流していく。


中間、いやむしろ実家よりだった僕の気持ちは
いつの間にか、より自宅に近づいていた。
ある意味で、ただそれだけの話。


 しかしそれとて必ず全ての人に
当てはまることではなく
どんなに時間がたとうとも
どれだけ生活が変わろうとも
最初の場所、原点とでもいうべき場所に
心のほとんどを残す人もいる。
普遍の真理とはなり得ない。


何が違うのだろうか。
生活環境の差異?
単に性格的な問題?
それこそ色々あるだろう。


まったく、人ってのは難しいモノだ。